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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)147号 判決

フランス国 75008 パリ、アベニュ デ シャンゼリゼ 127

原告

ランセル ソジェディ

代表者

エドガー ゾルビブ

訴訟代理人弁理士

広瀬文彦

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

高橋久夫

田辺秀三

主文

特許庁が昭和60年審判第10255号事件について平成4年3月23日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年5月24日、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第25類の「紙類 文房具類」を指定商品として、「LANCEL」の欧文字を横書きしてなる標章につき商標登録の出願をしたところ、昭和60年1月16日、拒絶査定を受けたので、同年5月23日、審判を請求した。特許庁はこの請求を昭和60年審判第10255号事件として審理した結果、平成4年3月23日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  審決の理由の要点

〈1〉  引用商標(登録第575752号商標)は、「ラッセル」の片仮名文字と「RUSSELL」の欧文字を上下二段に横書きしてなり、昭和35年通商産業省令第36号2項により廃止される前の大正10年農商務省令第36号第51類の「文具類」を指定商品として、昭和36年6月20日に登録され、その後、同57年1月29日及び平成3年9月27日の2回にわたり商標権の存続期間の更新登録がされている。

〈2〉  本願商標は、「LANCEL」の文字を書してなるものであるところ、この文字に相応して「ランセル」の称呼を生ずるものとみるのが相当であり、引用商標は、「ラッセル」と「RUSSELL」の文字を上下二段に書してなるものであるから、この構成文字に相応して「ラッセル」の称呼が生ずるものと認められる。

〈3〉  両商標は、いずれも特定の観念を有しないものと認められる。

〈4〉  本願商標より生ずる「ランセル」の称呼と引用商標より生ずる「ラッセル」の称呼を比較検討するに、両称呼は、「ラ」、「セ」、「ル」の3音を共通にし、鼻音の「ン」と促音の「ッ」の差異を有するものである。

〈5〉  この鼻音の「ン」と促音の「ッ」は、響きの極めて弱い音といえるものであるから、この差異が、両称呼全体に及ぼす影響は少なく、これをそれぞれ一連に称呼したときには、両商標がいずれも特定の観念を有しないことと相まって、その語調、語感が相近似し、互いに聞き誤るおそれがあるものと判断するのが相当である。

〈6〉  してみれば、本願商標は、引用商標と称呼上類似するものであり、また、その指定商品も、引用商標の指定商品と同一の商品を包含するものである。

したがって、本願商標は商標法4条1項11号に該当するものとして、その登録を拒絶した原査定は妥当である。

3  審決の取消事由

審決の理由の要点〈1〉、〈2〉、〈4〉は認めるが、同〈3〉、〈5〉、〈6〉は争う。審決は、本願商標及び引用商標は観念を有するのにこれを有しないと誤って認定し、称呼判断において、両商標の語感、語調が近似すると誤認して商標の類否の判断を誤ったものであるから、取消しを免れない。

(1)  原告は、フランス国パリ、シャンゼリゼに所在するバッグ・メーカーであり、1876年の創業以来百年を有する世界でも著名な鞄製造会社である。そして、鞄のみならず靴、眼鏡、タオル等の各種商品についても「LANCEL」の商標を付して製造販売を行っている結果、その著名性は確立しているものである。したがって、本願商標は、ランセルの創始者・デザイナー又は一定の家系を表示する特定の観念を有する商標である。

これに対して、引用商標は、本願商標と同様に姓名を表すものとして認識される他に、〈1〉雪を掻いて道を開きながら進むこと、〈2〉雪掻車、の観念を生ずるものであり、この言葉は、適当な日本語がないことから、外来語としてそのまま一般の日本語として通用している。また、氏名としても、「バートランド・ラッセル」の名前は極めて著名である。

したがって、審決が、両商標はいずれも特定の観念を有しないとした点は誤っているものである。

(2)  審決は、両商標は、「ラ」、「セ」、「ル」の3音を共通にし、鼻音の「ン」と促音の「ッ」に差異があるとするところ、本願商標が4音からなることは審決のいうとおりであるが、引用商標は、片仮名表記としては審決のいうように4音であるが、称呼としては、促音「ッ」を伴った「ラッ」は、語頭音である「ラ」が強音であるため実質的には一音であるから、「ラッ」、「セ」、「ル」の3音からなるものであり、さらに、本願商標が音の切れ目を感じさせずに平坦に発音されるのに対して、引用商標は「ラッ」と「セル」の2つの部分に区切って発音される。

したがって、両者は、本願商標は4音からなるのに対して、引用商標は3音からなり、かつ、その発音を異にするものであるから、称呼上、非類似の商標というべきである。したがって、審決の判断は誤っている。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1、2は認めるが、同3は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

(1)  商標の類否判断要素としての観念は、商品の取引者、需要者が取引の場においてその商標を一見して直ちに想起する意味等をいうものと解すべきであるところ、原告主張の両商標についての観念は、いずれも、単に辞書に記載されている事由や取引の場で直ちに想起し得ない事由をもって両商標の観念とするものであって、失当である。まず、本願商標についてみると、原告は、本願商標は、原告会社の創始者の家族の氏名から派生した商標であり、創始者・デザイナー又は一定の家系を表示する特定の観念の付与された商標である旨主張するが、本願商標を構成する「LANCEL」の各文字は、我が国の文房具類の取引者、需要者間において一般に認識されていないので、特定の観念を有するものとはいえない。他方、引用商標についてみると、原告主張のような意味が国語辞典等に記載されているとしても、引用商標を構成する「ラッセル」、「RUSSELL」の各文字が、我が国の文房具類の取引者、需要者間において特定の意味合いをもって親しまれているわけではないので、引用商標も特定の観念を有しないものである。したがって、この点に関する審決の判断に誤りがあるということはできない。なお、我が国において、本願出願時及び審決時に、「LANCEL」の商標がバッグ類において著名であったことは認める。

(2)  両商標の称呼は、4音のうち、称呼の類否において重要な要素を占める語頭の「ラ」を含む「セ」及び「ル」の3音を共通にしている。そして、両称呼における差異音は、鼻音「ン」と促音「ッ」であるが、このように中間に位置している音は、経験則上、語頭音と比較して明瞭に聴取されない。このため、両商標は、言い違い、聞き違いを生じやすい。また、本願商標は、語頭の「ラ」を強く発音するものであり、第2音の「ン」を発音するためには、語頭の「ラ」の母音の「ア」が大開母音であることから、比較的大きく口を開いて「ラ」と発音した後、軽く閉じる状態で呼気を鼻孔から出して発音し、そのため「ン」の音は響きの弱い音となり、その後に「セル」の各音を平面的に発音する。しかして、本願商標の称呼は、語頭の「ラ」の音にアクセントがあり、また、これに続く「ン」の音は響きの弱い音となるので、全体として平坦には発音され聴取されないものである。他方、引用商標は、第2音が促音「ッ」であるために、語頭の「ラ」の音を強く発音するものであり、また、語頭の「ラ」の母音「ア」が大開母音であることから、比較的大きく口を開いて「ラ」と発音した後、第3音「セ」の子音「s」を一拍分軽く閉じる状態で発音し、そのため「ッ」の音は響きの弱い音となり、その後に「セル」の各音を平面的に発音する。しかして、引用商標の称呼は、語頭の「ラ」の音のみにアクセントがあり、これに続く「ッ」の音は響きの弱い音となる。

以上を総合すると、両称呼は、それぞれを一連に称呼したときには、両商標が特定の観念を有しないので観念の影響を受けることなく、両称呼の語調、語感が近似したものとなり、互いに聴き誤るおそれがあるものというべきである。

したがって、両商標は称呼において類似するとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実並びに審決の理由の要点〈1〉、〈2〉及び〈4〉はいずれも当事者間に争いがない。

2  両商標が称呼において類似するとの審決及び被告の主張は、両商標がいずれも特定の観念を有しないとの判断を前提としているので、まず、この点から検討する。

(1)  本願商標の観念について

まず、本願商標が何らかの観念を有するか否かについて検討するに、被告はこの点について、本願商標を構成する「LANCEL」の文字は、我が国の文房具類の取引者、需要者間において一般に認識されていないので、特定の観念を有するものとはいえないと主張するところ、いずれも成立に争いのない甲第12号証、同第14号証の1(「モノマガジン」平成元年10月2日号)、同号証の2(「B-Tool」同年10月号)、同号証の3(「デザインの現場」同年10月号)、同号証の4(「日経新聞」同年8月4日号)、同号証の5(「読売新聞」同年8月5日号)、同号証の6(「日経産業新聞」同年8月2日号)、同号証の7(「百貨通信」同年9月号)、同号証の8(「THE BUNG KOURI SHOHO」同年8月5日号)、同号証の9(「ザ・トピツクス」同年8月15日号)、同号証の10(「ぶんぐ事務機ガイド」同年8月20日号)及び同号証の11(「ビジネスガイド」同年10月号)によれば、株式会社サクラクレパスは、原告が開発し、当時好評を博していた「ジェシー」シリーズのボールペン、シャープペンシル、システム手帳等の文房具10品目についてライセンス生産し、平成元年8月4日から、東京、横浜、京都、大阪、神戸等の百貨店や有名文具店で販売を開始し、同年11月からは販売区域を全国に拡大した事実が認められ、他にこれを左右する証拠はない。この事実によれば、我が国においても、平成元年末頃には、全国の百貨店や有名文具店等で本願商標を付した文具類が販売されるようになった事実は推認できるものの、その後、このような文具類が我が国の需要者層に定着し、本件審決時において、「LANCEL」の文具類として浸透し、著名性を確立したか否かについては、本件全証拠を検討しても明らかではないといわざるを得ない。

そうすると、本件審決当時、文具類について、「LANCEL」の商標が著名性を獲得していたと認めることはできず、この点を指摘する被告の前記主張は正当というべきである。

しかしながら、上記の文具類における本願商標の著名性の未確立という事実から直ちに本願商標を付した文房具類に接した取引者ないしは需要者において、本願商標から何らの観念も生じないものと速断することは、「LANCEL」の商標がバッグ類において著名な商標であること(この点は被告においても争わないところである。)を考慮すると相当ではなく、「LANCEL」の商標のバッグ類における著名性が文具類に付された本願商標の観念に対して及ぼす影響について考慮することが必要であるので、以下、この点について検討する。

前掲甲第12号証、いずれも成立に争いのない甲第6号証(1990年株式会社研究社発行、山田政美編著「英和商品名辞典」243、244頁)及び同第8号証(昭和61年6月13日株式会社講談社発行「世界の一流ブランド本物・ニセモノ大図鑑」118頁)によれば、原告は、Lancel夫妻が、1876年にパリのオペラ座近くに喫煙具専門店を創業したことに始まり、1926年にはバッグを市場化し、1960年頃には、営業の主体をバッグ類におき、各種の用途に合わせた10種類以上に及ぶバッグ類が好評を博し、これによって世界的な規模で成功を収めた事実が認められ、他にこれを左右する証拠はなく、また、前掲甲第8号証並びにいずれも成立に争いのない甲第7号証(資料整備委員会編「日本で知られている外国の商標(索引)」昭和61年)及び同甲第9号証(昭和59年11月1日株式会社世界文化社発行、家庭画報編「世界の特選品’85」女性版)によれば、原告の製造販売に係る各種のバッグ類は、昭和57年以降同60年まで毎年、講談社発行の「世界の一流品、大図鑑」に、同59年にはサンケイマーケティング発行の「舶来ブランド事典’84THE BRAND」及び講談社発行の「流行ブランド図鑑」においてそれぞれバッグの一流品として紹介された事実が認められるから、この事実からすると、我が国では、「LANCEL」と表記され、「ランセル」と称呼される商標は、本願商標に係る前記審決時はもとより出願時においても、フランスの世界的に著名なバッグの商標として広く国民の間に浸透していたものと推認され、被告においても、我が国でも、本願商標の出願及び審決の各当時において、「LANCEL」がバッグ類の商標として著名であったとの事実自体は認めているところである。

ところで、バッグ類と文房具類は、共にごく日常的な身回品であることからすると、両者の取引者ないしは需要者層は重なり合う場合が多いという共通点を有するほか、文房具類がバッグに収納されるなど、その使用状況にも親近性があることからすると、本願商標を付した文房具類に接した取引者ないし需要者は、前記のようにバッグ類において著名な「LANCEL」を想起し、本願商標を付した文房具類がバッグにおいて著名な原告の製造販売に係る商品であることを認識するであろうことは、バッグ類における「LANCEL」の商標の前記のような我が国における浸透状況に照らすと、容易に推認可能というべきである。この意味において、本願商標が文房具類等に付された場合、本願商標は、原告の製造販売に係る商品であることを意味するものとして、観念を有するものと解するのが相当というべきである。したがって、結局、被告の前記主張は採用できない。

(2)  引用商標の観念について

次に引用商標について検討するに、いずれも成立に争いのない甲第4号証(昭和44年5月16日岩波書店発行、新村出編「広辞苑」第2版、2302頁)及び同第5号証(昭和61年三省堂発行、三省堂編集所編「現代外来語辞典」652頁)によれば、「RUSSELL」、「ラッセル」は、「ラッセル車」の略、「深雪の際、道をひらきながら進むこと」或いはイギリスの世界的に著名な哲学者であるバートランド・ラッセルを意味するものと認められるところ、「ラッセル」が「ラッセル車」あるいは「雪をかく。」との意味を有するとの事実が少なくとも文具類の取引者ないしは需要者である国民の間にあまねく普及していることは公知の事実というべきであるから、いやしくも文房具の取引者ないしは需要者において、「ラッセル」の表記から少なくとも「ラッセル車」ないしは「雪をかくこと。」との意味を想起するであろうことは、優に肯認することが可能というべきである。被告は、この点につき、引用商標を構成する「ラッセル」、「RUSSELL」の各文字が、我が国の文房具類の取引者、需要者間において特定の意味合いをもって親しまれているわけではないから、引用商標も特定の観念を有しないと主張するが、「ラッセル」の表記が我が国の文房具類の取引者、需要者間において、少なくとも「ラッセル車」ないしは「雪をかくこと。」の語義を想起せしめることは、前記のような「ラッセル」の称呼の持つ「ラッセル車」ないしは「雪をかくこと。」の語義の普及具合からみて明らかであるから、被告の前記主張は採用できない。

以上の次第であるから、本願商標及び引用商標が共に何らの観念を有さないから、観念の及ぼす影響を考慮することなく、本願商標と引用商標の称呼の類否を判断すれば足りるとした審決の判断方法は、両商標がいずれも特定の観念を有しないとした点において、既にその前提を誤るものであり、ひいて、観念の称呼に及ぼす影響を全く無視した点において誤っているといわざるを得ない。そこで進んで、両商標が、それぞれ前記のような観念を有するものとして、両商標の称呼の類否について検討する。

3  両商標の称呼の類否について

本願商標が「ランセル」の、引用商標が「ラッセル」の各称呼を生ずることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第3号証(くろしお出版発行、天沼寧ほか2名著「日本語音声学」79、80頁)によれば、日本語の音節は、「仮名1字(ただし、拗音の場合は2字。)が表している一まとまりの音の単位」を意味し、音声学上、促音も独立した音節として扱われることが認められる。この定義によれば、両商標とも4音節により構成されていることになる。また、成立に争いのない甲第10号証(岩波書店発行、中島文雄編「岩波英和大辞典」ⅩⅨ頁)によれば、英語においては、「前後に切れ目の感じられる音声上のまとまりを音節という。」ものと認められるから、この定義によれば、本願商標は「ラン」と「セル」の、また、引用商標は「ラッ」と「セル」のともに2音節に該当するものともみられるが、音節は、前記の各定義から明らかなように、単に音のまとまりの単位を意味するにすぎないものであるから、これらの音節の対比のみで両商標の称呼の類否を判断することができないことはいうまでもないところである。そこで、かような音節の定義のいずれによるべきかという音声学的観点もさることながら、経験上、促音それ自体が独立した明白な音として聴取されることがないことは明らかであり(促音を1音節として捉える前掲乙第3号証でさえこのことを指摘していることが認められる。)聴者は、促音及びこれと組み合わされた母音又は子音を全く別の2音として明瞭に聴別しているものではなく、両者を一体のものとして聴取しているものであることは否定し得ないところである。しかして、引用商標の第2音の促音「ッ」に対応するのが本願商標の第2音の「ン」であり、前記のとおり、この点のみが両者の称呼上の差異点であるが、「ン」が独立した1音であるのに対し、上記のように「ッ」がそれ自体独立して明白に聴取されるものでない以上、その称呼において混同が生じるおそれはないものというべきである。確かに、本願商標の撥音「ン」は鼻音であるためそれだけを取り出してみたときには、響きの弱い音であることは被告が主張するとおりであるが、響きが弱いことから直ちに促音「ッ」と同様に聴別機能が低いとすることはできないものというべきである。特に、本件においては、前記のように文房具等の取引者、需要者の間において、本願商標を付した文具類がバッグ類において著名な「LANCEL」、すなわち原告の製造販売に係る商品を意味するものと容易に認識可能であり、引用商標を構成する「ラッセル」が「ラッセル車」又は「雪をかくこと」を意味する語として広く認識されているのであるから、仮に被告主張のように「ン」が鼻音なるが故に称呼の明瞭性を欠くことがあるとしても、かように明らかに観念を異にする両商標にあっては、聴者はこれを混同することなく聴別することができるものと認めて差し支えない。

もっとも、成立に争いのない乙第1号証(株式会社凡人社発行、今田滋子執筆「教師用日本語教育ハンドブック〈6〉 発音 改訂版」には、本件各商標と同様に促音と撥音のみが相違する「物価」を「文化」と聴き間違った例が紹介されている(77頁)が、同書の記載は、外国人に対する日本語教育の効果的な方法を記述したものであり、外国人にとって「1か所だけ違い、あとは全く同じ1対の語をミニマル・ペアと言い」、この「ミニマル・ペアは発音練習・聞き取り練習の有効な手段である」(21頁)との記載が認められ、前記の聴き間違いの例も日本語中級クラスの学生によるものである(77頁)と認められることからすると、これらの記載は、前記のような発音練習を通じて日本語を学ぶ外国人に「ミニマル・ペア」の関係にある語を明確に区別して発音することを可能にすることを目指したものであるから、かえって、我が国においては、「ミニマル・ペア」の関係にある語も聴別可能に発音されていることを前提としていることは明らかであり、前記のような日本語を学習中の外国人による発音の例をもって直ちに、促音と撥音のみが相違する「ミニマル・ペア」が日本人にとって聴別できないとする根拠とすることはできない。

4  以上によれば、両商標の称呼は類似していないというべきであるから、これを類似するとした審決の判断は誤っているというべきである。

5  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

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